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【経験談】僕が高校野球の名門校で経験した3年間を振り返る

【経験談】僕が高校野球の名門校で経験した3年間を振り返る

僕は、小学校5年生〜高校3年生までの約8年間野球一筋で過ごして来ました。

小学校5年生〜6年生までは、地元の軟式野球チームで野球を覚え、

中学校1年生〜2年生で、地元の硬式野球チーム(シニアリーグ)に所属し、本格的に野球に取り組みましたが、2年生中盤で辞めました。

ですが、同時期に中学校の軟式野球部が復活した事もあり、2年生〜3年生は中学校の軟式野球部で野球をしました。

高校は福井県で、野球の名門校に進学し、3年間寮生活をしつつ日々野球漬けの毎日でした。高校に進学するまでは、野球に対して、そこそこ自信もあったのですが、高校3年間は一度もベンチにすら入る事が出来ませんでした。練習試合ですら、試合に出れたのは数えれる程です。

 

そんな、僕の野球人生をこれから振り返ろうと思います。

小学校5年生〜6年生

毎日が楽しい生活

友達に誘われて始めた野球でしたが、元々スポーツが好きだった事もあり、どっぷり野球にハマりました。

ハマれた理由は、野球を始める前に、水泳をしていたのですが、それまで個人競技の経験しか無かった僕にとって、団体競技の楽しさを知るきっかけになったからだと思います。

また、野球の経験は、それまで無かったのですが、運動神経がそこそこ良かった事もあり、入団後、即主軸になれた事も楽しかった理由の1つだと思います。

あとは、小学校だと違う学校の子と、知り合える機会も多く無いので、野球を通じて友達が増えた喜びも大きかったですね。

 

とにかく、野球に出会えて僕の小学生時代は毎日とても楽しかった思い出ばかりです。

中学校1年生〜2年生

野球をただの習い事と感じる日々

楽しかった小学校野球生活も終わり、僕は同期のチームメンバーほとんど全員で、友達の親が監督をしている硬式野球チームに入る事にしました。

そのチームは、とても厳しいのは知っていたのですが、当時流行っていた漫画「MAJOR」に影響され、「やっぱり野球は硬球でしょ、プロもそうだし!」とあまり考えずに進みました。

その結果、僕の楽しい野球人生は、ここで少し雲行きが怪しくなります。

硬式野球チームに入団し1年ほど経った頃、今まで好きで続けていた野球を、ただの習い事として日々行っている事に気づきました。

 

主な原因としては、

・朝がとにかく早い

・単純に練習内容がきつい

・ご飯は吐くぐらいまで食べて体を大きくしないといけない

・硬球は当たるととても痛い

・ただでさえ痛いのに、キャッチャーに任命される。

・小学校の頃からピッチャーとして野球をしたかったが、ピッチャーにはなれなかった。

・夏の暑さに負けない為に体力トレーニングが全季節ある

・監督の暴力、とにかく怖い

頭は五厘刈り

など。

当時はとても辛かったですね。

好きなポジションであれば、厳しいトレーニングもなんだかんだ言いながら乗り越えれると思いますが、当時の僕にとってキャッチャーは1番したく無いポジションでした。なので練習中は色んな意味で死に物狂いでした笑

 

暴力については、当時は本当に悩んでいましたが今となってはいい経験をしたなと思います。

ただ、暴力指導は反対です!この点は詳しく書くと本題から逸れてしまいますので、今回は省略しますが、手を出して指導するのは口で分かって貰える様に努力しない指導者の怠惰だと僕は思います。僕はたまたま暴力に耐えられましたが、全員が耐えれるかと言うとそれは違うので。口で指導するのは必然なので、指導者は如何に暴力を出さず分かって貰えるのかを考える事が大切だと思います。例えば、日々のコミュニケーションで教え子との距離を縮めるとかですかね。

 

あと、これだけは今でも嫌ですし理解出来ないのが、野球=坊主(主に五厘刈り)です笑。これだけは次の項で話させて下さい笑

野球=坊主の理解出来ない仕組み

これは今でも正直理解出来ません。中学生は何かと色気ずく時期、僕はそのほとんどを五厘刈りで過ごしていました。写真を見返しても写っている写真は青頭ばかりです笑。サッカーやテニスなどは坊主では無い事が多いのに何故に野球だけ?・・・笑

近頃、ニュースで学生の髪の色を注意して黒染めさせた事が話題になっていましたが、野球も少しは話題になって欲しいですね笑。実際、坊主が嫌で野球をしない子も周りにはいましたので、僕だけでは無いはずです。

進路の不安

ですが、やっぱり野球が好きでしたので辞めずに続けていると、進路の話が出てくる様になりました。

高校でも野球は続けるつもりでしたが、正直、普通の高校で楽しく野球が出来ればいいやぐらいでした。ですが、僕の所属していた野球チームでは特待生として高校に送り込む流れがありましたので、このまま続けると僕もその流れに乗ることになります。その流れに乗って進める高校は、いわゆる甲子園を目指す高校です。つまり、当時の僕のモチベーションとは異なります。

今の現状に不満があった僕に更に嫌な事が重なり、僕はついにこのチームで野球を続けていく事を辞める決断をしました。僕の人生でこれが初めて自分で考えて嫌な事から逃げる決断でした。

中学校2年生〜3年生

野球の楽しさを改めて実感した

野球を辞めた直後、中学校に新しい先生が配属されたのですが、その方が名門校で野球をしていた経験がありそれまで廃部になっていた中学校の野球部が復活しました。僕は変わらず野球は好きでしたので迷わず中学校の野球部に入部しました。正直今でもこの選択をした自分を褒めてあげたいぐらい、中学校での野球は楽しかったです。それまで、学校の友人と真剣に野球をした事の無かった僕にはとても嬉しかったのですが、一緒に授業を受けた友達と平日は練習し、土日に試合をする。そして試合が終わった翌週には前の試合の話で盛り上がる。

今まで野球の話をしたくても、チームメイトは学校が違っていたりしましたが、中学の野球部では、同じ学校の友達なので共感したりする事が出来ます。

 

当時の僕にとってこの感覚は新鮮でしたので、本当に嬉しかったです。

硬式で野球をしていた事による自信

どうしても硬式の野球と中学の部活の野球では全体のレベルが違ってくるので、やはり中学校の野球の方がレベルは落ちます。なので、硬式の野球上がりの僕は正直スターのような存在でした(はい、盛ってます)。

また、硬式で鍛えられた影響で軟式のボールはとても軽く感じましたので、遠投も約100mほど投げれるようになっていました(はい、これも少し盛ってます)。

そして、僕は中学の野球部で念願のピッチャーとして野球をする事が出来ました。正直言うと、ピッチャー以外したく無いですと先生にはっきり言いましたが笑

人生を変えた先生との出会い

先ほども言いましたが、新しく配属された野球部の顧問の方は名門校で野球を経験されていました。間違いなく、僕の身近で一番の名門校でした。

そんな先生と野球が出来るのは光栄でしたし、勇気を出して硬式野球チームを退団し野球部に入ってよかったと思います。

そんな先生と日々過ごしていると進路の話をする様になりました。初めは普通の高校でのんびり野球がしたいですと言っていたのですが、先生が話してくれる野球の世界は僕の気持ちを大きく変えてくれました。親元を離れ全国から集められた人と甲子園を目標に野球に取り組む楽しさや、甲子園に出る事の凄さ。自分の知らない世界がそこにあり僕はその高校に進学したいと思う様になり先生にその事を伝えると先生が母校に推薦してくれる事になりました。

この頃の僕は、野球に対するモチベーションが凄く高くなっていたので、甲子園のマウンドに立ちたいと本気で思っていました。

 

やっぱり人間は好きな事をしていると必然的にモチベーションが上がるんですよね。

高校1年生〜3年生

甲子園に出る事は当たり前。大事なのは僕がその場に居る事

推薦入学でしたが、無事高校に進学する事が出来ました。正直に言うと、僕が進学した高校は甲子園に出る事はそんなに難しくありませんでした。福井県は高校数も少なく、野球のレベルも当時は全国レベルではありませんでした。

なので、野球に力を入れている高校も限られていましたので、甲子園に出場する高校も毎年大体決まっています。

実際、僕が在籍していた3年間は、春1回、夏1回甲子園に出場していますので、チームの雰囲気としても甲子園に出場では無く甲子園で勝つ事を目標にしていました。当時の僕もチーム一丸となって甲子園に行くと言う意識はあまり無く、大事なのは甲子園に出場した時に僕がグラウンドの中にいる事でした。

なりたい自分を捨ててでも叶えたかった目標

甲子園で野球をする事を目標にしていましたが、僕にはもう1つ大事な目標がありました。ピッチャーとして甲子園のマウンドに立つ事です。僕は、中学校の野球部ではピッチャーしかしませんと言い、ピッチャーとして中学校の野球部生活を終えました。引退した後もピッチャーの練習を行い、高校に進学しています。また、これまで試合に出れない事が無かった事、中学校の野球部でピッチャーとして通用した事もあり、少し自信がついていました。

 

しかし、現実はそう簡単ではありません。僕は高校進学と同時に初めての挫折を味わいます。高校の野球部では僕の同期でピッチャー志望はかなりいました。その内、半分が中学時代の有名選手で特待生として入学していた事もあり実力が全然違います。自分が今まで狭い世界で生きていた事を高校で野球を初めて1週間ほどで実感しました。

 

自分の今の実力では試合に出れない

そんな状態は人生で初めてでしたので、正直どの様に向き合えばいいのか分かりませんでした。今の僕でしたら、とにかく諦めず努力する事が出来ると思います。ですが、当時の自分にはそんな発想が無かったんですね。焦りと不安の傍(かたわら)、日々を過ごしていると1つの事に気づきます。

同期でキャッチャー志望が1人しかいない

僕はとても悩みました。キャッチャーであれば、すぐには無理かもしれないけど間違いなく試合に出れる確率は上がる。凄く考えた結果、僕は最終的に自分のしたいことを我慢してでも甲子園に出たいと思い、キャッチャーにポジションチェンジしたいことを指導者に相談し、僕は入学1年目で早くもピッチャーの夢を諦め、少しでも出場確率の高いキャッチャーとして野球に取り組む事になりました。

自暴自棄の日々

そこからの自分は最悪です。

キャッチャーの練習をしても、楽しくありません。また、キャッチャーはピッチャーの投げた球を取りますが、自分の夢だったピッチャーの球を取っている自分がとても嫌になりました。そんな人間にチームの守備の要が務まる訳がありません。練習もサボる事が増えました。

勿論、キャッチャーになってからも真剣に練習をする事もあります。ですが、野球生活を終えた今の自分が自信を持ってやり遂げたと思えていない時点で僕の中ではサボっていたと言わざる終えません。

そして気がつけば、2年生も終わっていて、僕は早く引退して寮生活を終えて遊びたいと思うようになっていました。そして自分の代、最後の夏は甲子園に行けず終わり周りが悲しんでいるのに、僕は悲しくなりませんでした。

 

僕の野球生活はこれで終わりです。

野球生活を終えて

今となっては貴重な経験

今となってはとてもいい経験をしたと心の底から思えます。1人の高校生が親元を離れ、違う県で1人厳しい環境で1つの物事に取り組む。それが、中途半端に終わったのも事実ですが、辞めずに最後まで取り組めたのも事実です。

頑張って続けた先に絶対とは言えないかもしれませんが、明るい未来が待っていると今の僕は思います。

 

実際、今の僕には

当時の自分:長年目標としていたピッチャーを早々に諦めた結果、後悔した

今の自分:目標に掲げた事は、上手く行かなくても早々に諦めずやり遂げたい。実際、目標へ向けて取り組む際の苦労は、なんだかんだ言っても楽しい。

 

当時の自分:自分より上の人達の存在を認めず、今の自分に満足していた

今の自分:自分より上の人達なんて、日本の人口以上居る。何事にも上へ上へ目指す事。その為にも努力は必要。

 

当時の自分:洗濯したり、服を畳んだりする事って面倒

今の自分:親ってすげー

 

て感じで他にも色々ありますが割愛します。

何が言いたいかと言うと、何事にも挑戦すれば得れる事は絶対あると言う事です。

野球をした事に後悔は無い

勿論、僕にだって野球以外にしたい事は山ほどありました。学校の帰り道に友達とコンビニによってアイスを食べたり、カラオケに行ったり、髪型を気にしたり普通の高校生活を送ったりしたかったです。

ですが、普通の高校生活を送っていたら、部活動したかったと言っていると思います。隣の芝生は青く見えるですね。

また、僕は甲子園で野球をするという目標は達成出来ませんでしたが、1人で寮生活をする事により、親や周りの友人・知人に感謝する大切さに気づけました。こうやって当たり前の様に野球が出来ていたのも両親のおかげです。

おそらく普通に過ごしていたら、このような事に感謝したりする人になっていなかったかもしれません。勿論、この様な事は野球に限らず気づく事もあります。

 

僕の場合はそれが野球だっただけの事。そう思うと、野球で大切な事を学べたので本当に野球をしてよかったなと思います。

失敗から物事に対する取り組み方を学んだ

今でも、高校野球を見ると、色々と考えたりすることがあります。

・どうしてやりたかったピッチャーをあんなに簡単に諦めたんだろう

・もっと日々の練習を一生懸命出来たんじゃないのか

・どうして最後、腐って無意味な日々を過ごしてしまったんだろう

こんな事を思ったりします。

 

ですが、今となっては

・一度決めたら、些細な事で諦めず頑張り続けよう

・中途半端になっていることがあるなら、すぐに取り組もう

・めんどくさい、自分には無理だと思わずとりあえずやろう

 

こう考えれる様になりました。なので、今でもサラリーマンを続けながらブログを書き続けています。

 

今の僕には

・もうブログで稼ぐには遅い

・ブログで稼ぐなんて僕には無理

こんな考えはありません。

勿論、不安もありますし続けた結果、ブログで生活は無理だったとなる可能性だってありますが、とりあえず今は突き進んでみます!

 

そんな感じです。野球ありがとう。

 

高校の自分!今の僕は前向きに日々過ごせているよ!サラリーマン生活は辛いことも多いし、今すぐにでも辞めて自分の好きな道で過ごしたいけど、あの頃の経験があるからサラリーマンも良かったなって思える日が来ると思っているよ笑

でも多分二度としないと思うけどね笑

 

さぁ今日も頑張りましょう!!!